デッサンをしている人が言いました。
「自信がありません。」
どうして、自信が無いか、聞きました。
「上手く行かないことが多いからです。」と答えました。
どうして、上手く行かないことが多のか、聞きました。
「自分は、もっと描けるはずだと思っています。」と答えました。
どうしたら、もっと描けるようになるか、聞きました。
「自分で考え、自分で判断できるようになれば、描けるはずです。」と答えました。
今、描いているものに、それをしているか?聞きました。
「していません。」と答えました。
どうしてしないのか?と聞きました。
「先生の言うことを聞いている方が楽だし、効率が良いからです。」と答えました。
どうして、もっと描けるはずと思うのか、聞きました。
「自分の理想としていることより、今は随分低いレベルだからです。
周りと比較して、見栄を張っているところもあります。」と答えました。
心理の機微は、奥深いものです。
以前、初心者の方でプロを目指すと宣言しながら、デッサンを数回した後に、辞めていく方が多いということを書きました。絵が好きな人の中で、見るのが好きだと言う人がいます。その中で、自分でもやってみたいと思う人がいます。「自分にも出来そうだ。」と思うからやってみるのであって、やってみると「自分には出来なさそうだ。」と急展開することも多いのでしょう。自分の実力が判らない、デッサンがどういうものか詳細がわからない、初心者だから当然のことです。無理もありません。
その後続けてきたら、少しづつ、自分の実力が分かってきます。
地道な練習に、飽きてきます。その代わり、見る目だけは肥えてきますので、自分の描いているものや人の描いているものに、辛い判断を下したりするようになってきます。その時に、自分の理想が頭に付いて離れ無くなります。背伸びしたり、楽な方法を探したりします。しかし、上手く噛み合いません。
これは、長く続けてきた人にもあることです。
モティベーションと言いますが、頑張る動機に、その人の心理は大きく影響しています。
絵を専攻している人は、口で表現するより、描いて表現した方が良いという人もいるぐらいですから、なかなか気持ちを打ち明けることが無いように思います。だから、何だか調子が良くなさそうだな?と思う人には、冒頭のように、その人の気持を聞き出すことがあります。聞いてみると、その人それぞれのバイアスというか、考え方の癖のようなものに突き当たることを、多く経験しました。現実的にコツコツしていくしかないところでも、バイアスのせいで現実を見れない、同じところをぐるぐる回ってしまったりすることもあります。
そういう時にどうしたらいいか?という、対処方法をお伝えします。
絵というものは、誰にでも簡単にも出来るもの、そして高いレベルも目指せるものですので、それを基準にすると曖昧に伝わってしまうかもしれません。ここでは、うんとハードルを上げて、オリンピックに出場することに例えてみます。私もオリンピックに出場した経験はないのですが、競技スポーツをした経験から想定します。
さあ、あなたはオリンピックに出場することを決意しました。
そして、その種目のトレーニングが出来る施設の門を叩きました。
でもその時点では、出場できるかどうかは、本人にも、コーチにもわかりません。
わからないことは、根拠になりません。どう対処していいかもわかりません。
友達が、きっと大丈夫だよと言ってくれても、慰めにはならないはずです。
では、どこから始めるか?
今現在の、自分の実力がどの程度か?タイムや距離を測ることになるでしょう。その後、オリンピック出場基準を教えてもらい、自分の実力とのギャップを納得できたら、練習を続けられます。シビアですが、それしかありません。
練習を続けていても、その内、本当に出場出来るのだろうか?この練習で正しいのだろうか?と思って来ることでしょう。当人は、常に競争=比較対象に晒され、心穏やかになることは無いかも知れません。しかし、結果は誰にもわからないわけですから、確実なところを考えていくしかありません。
実技は全て、実践。
自分で行動した経験が積み重なって、結果が出てきます。
根拠はどこにあるか?どう対処していけばいいか?
やはり、自分自身を答えとするしかない。現時点の、自分の実力と、常に向き合っていかざるを得ないのです。それが、今、どのような練習をすればいいか?という基準になります。自分の今の実力より少し上のハードルを目指して、練習して行きます。つまり、自己ベストを目指すということです。
それでも結局、自分の理想とする地点に到達できるか?オリンピックに出場できるか?は、わかりません。
続けていくうちに、どうにも届きそうにないぞ、と思うことも出てくるでしょう。それでも、続けるか?やめるか?ここでまた、「好きだから」という根拠に戻って、続けていく人も多いと思います。
めでたく、オリンピックに出場出来たら、その後はどうするでしょうか?
引退を決意するまで、同じことが繰り返すと思います。自分の出来ること、出来そうなことを冷静に判断し、トライ&エラーを繰り返し、自分の伸びしろを少しでも広げようと、努力を繰り返していくでしょう。やはり、自己ベストを目指すのです。
絵も、上達するためには、プロを目指すためには、同じような経験をしていくと思います。かつて私は、インターネットにノウハウだけを垂れ流す状況を、焼け野原商法だと批判したことがあります。ノウハウは、身に付けれらるかどうかは、結局、ご本人の努力次第ということになります。ノウハウだけ知っていても、それをなぜ行うか?どのタイミングで行うか?経験の中で分かってこないと、何も生かせないからです。ご本人の経験していく過程が、その時の気持が、ノウハウよりはるかに大切だからです。
ノウハウを知れば優位に立てるとか、出来るように思うとかは、情報の過度の優位性を信じる傾向、現実を軽視した傾向と言えるのでは無いでしょうか?今は、現実を知る前に、情報だけは溢れていて、迷いやすい時代かもしれません。出来るだけ短期間に上達して早抜けすることを望み、経験を長く積んでも上手く行かない失敗リスクを考えざるを得ない。そのような効率的打算を求められるような風潮も、それに輪をかけているかも知れません。でも、結果は、やってみないと誰にもわからないのです。
今後インターネット環境が、ますます生活に重要になってくるはずですが、人との接触が直接無くなっていくということは、自分と他の経験者との直接対話することや、比較したり競争したりすることも少なくなっていくということでもあります。実技を実践する時の、他の人はどのようにしているか?とか、他の人はどのようにして経験してきたか?などの、現場の貴重な情報が少なくなってしまうということでもあります。
ステイホームで、一人で黙々と実技を実践していて問題となるのは、自分に対する客観性が持ちづらいということでしょうか。自分の実力を過大評価したり、逆に自分には全然実力が無いと思ってしまったり、或いはその両方を行ったり来たり。
その経験は私にもありますが、客観視するためには、先輩方の経験談が一番ためになりました。飲み二ケーションで、直接聞いた話ばかりです。今のように、何がフェイクかわからない、全てを疑いの目で見ざるを得ないという時代ではありませんでしたので、素直に現場のリアルを受け止めることが出来たのは幸いでした。
時代は変われども、実技系は、現場を大切にするしかありません。
根拠は、自分というのも現場だからです。
自分に向き合うことで、具体的な練習方法が見つかります。そして、その都度、自分の手ごたえを大切にするということ。自己ベストを目指し、自分自身の結果を、出来るだけ冷静に受け止めるということ。
今は、情報の取捨選択が難しい時代です。インターネットにどれだけ上手い絵が載っていたとしても、それはその人が努力した「結果」であり、「人は人、自分は自分」という割り切りも、情報に迷わないためには必要かもしれません。
私の拙文と違い、分野も違いますが、鴻上さんが上手く紐解いていらっしゃる記事がありますので、ご紹介しておきます。
https://dot.asahi.com/dot/2020091800084.html?page=1