初心者の方は、
「あんなことやこんなこと出来たらいいな!」とか希望に胸を膨らませています。
実際行ってみると、
「全然違う!」とか、マイナス思考の強い人は「才能無いのかも、、。」と思ったりします。
理想と現実のギャップが激しいのが、初心者の特徴です。

経験が無い、つまり何が出来るか判らないわけです。現実になる前は、全ては可能性です。「絶対出来る!」という万能感を持ってしまうのも、仕方のないことかもしれません。自意識の高い人ほど、そうなりがちです。自意識が高いということは、それだけモティベーションも高いということでもあります。しかしそれだけに、理想と現実のギャップに対する反応も、ドラマチックで激しい。

このように、デッサンを始めた時が、メンタル的には厳しい時期かもしれません。私も経験しました。自分が書いた当時のノートは、無限の可能性にワクワクする反面、どうにかして突破口を探していこうとする足掻きに満ちていました。そうやって自分を鼓舞し、食らいついていたのでしょう。

これは私だけではありません。
プロ志望の方が、30人ほど教室の門を叩いてきたことがありましたが、熱く燃えているのは最初の内だけ、8割ぐらいの人が何も言わずフェードアウトしていきました。(私は、プロは厳しいとプレッシャーを掛けてはいません。)デッサンを始めて、上手く行かなければ直ぐに諦めた様子を追想して見ると、コツコツ練習していくことに耐えられなかっただけではなく、理想と現実のギャップが身に染みたのだと思います。

現実=リアルと、理想=夢は、常にぶつかります。特に、自分にとっての不都合な真実は、受け止めるのがなかなか難しく、いつも葛藤します。しかし、現実に突き当たっても、それを間違いや失敗と捉えるべきではありません。そう捉えると、間違いや失敗が延々と繰り返される「練習」は苦しいものでしかありません。デッサンを習う場合、初めから上手く行くことの方が稀で、上手く行かないことを繰り返していく中で、それが少しづつ修正されていくのが通常です。まずは、その現状を踏まえ、冷静に取り組めた時が、本当のスタートラインです。

デッサンは客観性が大切

デッサンは、客観性が大切になると良く言われます。分析したり、比較したりして、自分の力でデッサンを判断する力は、自分でデッサンを直していく力です。客観性が無いと、自分でデッサンを改良出来ません。それは、上手くならないということです。難しいことですが、客観性を持つことを常に目指すことになります。

観察するという言葉も、よく使われます。モチーフをじっくり見る、そしてその表情を読み取る。読み取れただけ、デッサンは詳しく描けます。完全に相手目線というクールさは、芸術は爆発だ!美術はパッションだ!という一般的イメージから、かけ離れているように思えるかもしれません。しかし、いくら熱情が大切だとしても、世間一般の業務と同じように、状況に照らし合わせて判断することは必要です。デッサンは、現実をクールに観察する技術、そして熱情とバランスを取るための方法であり、デッサンと想像力や感性はお互いを補完するものだと思っています。

デッサンは、個人力です。自分の力で作品を判断して、描いたものを改良していく力であり、自分の気付き、自覚の世界です。知識や技術を覚えるだけではなく、認知や感覚を鍛える世界ですので、時間を要します。でも、自分の判断力、想像力で、自分の作品を作ることが出来る、自分の世界を獲得出来る。これは、絵を描く人がみんな憧れる理想だと思います。

早く簡単に上手くなる?

話を転じますが、ネットに氾濫している「早く簡単に上手くなる」都合の良い話を鵜呑みにして、デッサンオンデマンドを受講された方が、そのことを基準に話を進めて、私も困り本人も困るという事態が良くありました。商売のためとはいえ、「早く簡単に上手くなる」というような無責任な言説を発する人が多いのに呆れています。しかし、それについてきちんとした立場を取らなければ「早く簡単に上手くなら」なかったためにデッサンを止めた人も不幸ですし、誤解もそのままになってしまいますので、はっきり申し上げます。デッサンが「早く簡単に上手くなる」ことはありません。

簡単な現実も、楽な現実も無い、それがリアルな状況です。同様に、デッサンも簡単でも楽でもありません。ネットに氾濫している「早く簡単に上手くなる」世界は、リアルと逆行しています。夜の街のネオンサインがごとき美辞麗句、快VS不快の原則通り、難しいことより分かりやすい方向、心地良い方向へ、引き寄せられていくのは世の常。しかし、デッサンをしてみたいと思っている人々の多くが言説を信じ、デッサンをしてみた結果、全然上手くならなかったとしたら、その人たちは言説がおかしいだけではなく、デッサンそのものを疑わしく感じることでしょう。フェイクニュースは、何がリアルか?分からなくしてしまうという大問題を引き起こします。これは「焼き畑」であり、美術の土壌全体を貧しくさせかねないと憤っています。

デッサンは客観性、冷静に観察することです。これから、デッサンを習おうと思う方には、ステイ・クールという言葉を、頭の片隅に入れて置いていただきたいと思います。安易なキャッチコピーかどうか、冷静にご判断していただくことをお勧めいたします。