習うということは、足りないと思うから。
足りないものとは、経験のないもの。
経験のないものは、したがって出来ないもの。
初めてのことが、出来ないのは当たり前なことです。

しかし出来ないことは、恥ずかしいと思う。
他では上手くやってきたので、出来ない様を人に見せるのは、プライドが許さない。
出来ないのは当たり前だが、出来ないのは恥ずかしい、これが初心者が抱える最大のジレンマです。

「奥様方、今度のデッサン会、出てみませんか?」
「いや~先生、まだまだ下手ですから、上手くなってから出ます。」
「あの~、上手くなるには出た方がいいですよ。練習する良い機会ですよ。」
ぎゃははは!(奥様たち、すっかり違う話をして盛り上げっている。)
「奥様、聞いてますか?お~い!」リアル教室で、よくある一コマです。自尊心がありますから、自分の描いたものを人に見せるのが恥ずかしい、だからなかなか出席していただけません。しかし、上手くなるということは、出来ないところを出来るようにすること、出来るようになるためには、出来ないことが認められないと始まらない、出来ないことを出来ないと認めることが出来ないと始まらないのです。まず、指導する側が改善点を見つけ、改善方法を示し、本人が納得しなければならない。しかし改善点は、上手く行かないポイント、つまり下手なところです。

認めたくないものを先送りにする方法が、二つあります。
一つは、自己正当化です。つまり、なんだかんだと理由を付けて、言い訳することです。自己正当化も、出来ない理由が自分以外にある、人のせいで出来ないとなってしまうと、再びそこに戻るのには大変な時間がかかります。初心者の方々が、どのようなことを今まで言ってきたか?それは愛憎渦巻くゴシップ記事のようになりますので、省略させていただきます。この回避行動が、その人の気付きを遅れさせ、遠回りさせることは間違いありません。

もう一つは、「褒めて伸ばす」テクニックです。
例えば褒めちぎって、やる気にさせて、良いところを伸ばしたとしましょう。短期間はそれが通用します。しかし初心者が、出来ないことにぶつかるのは、直ぐです。その人は、培われた万能感もその痛みを加速させ、屈辱的なほどに挫折感に苛まれることになりかねません。このテクニックは、長い目では使い捨て焼け野原に通じる、その人の将来を考えない、心無い手法だと私は思っています。
小出しに、出来ないことを分かってもらうを伝えることが出来ればいいのですが、経験では難しかったと思います。「こうこう、こういう訳で、ここは直して行きましょう。」「なるほど、そうですね。(そんな事は、わかってらい!前に聞いたわ。)」と、言えば言うほど逃げていくのです。万能感に一旦囚われると、回避する力も強くなってしまうのです。

「上手くならないと描かないVS描かないと上手くならない」、これは「生活改善したくないけれど痩せたいVS生活改善しないと痩せない」という、ダイエットと同じような強烈な深層心理に基づいたジレンマです。新しい方法が出れば、一斉に飛び付き、上手く行かないで、また次!の繰り返し。妻のダイエット半生の戦いもすさまじい!涙がちょちょ切れる思いがします。ダイエットもお金儲けも、簡単に出来る方法有りますか?そんな方法が出回りますか?

自分を出さないということは、「勝てる勝負しかしない。」ということです。10年の経過観察では、そういう人は結局伸びないで、周りに置いて行かれた敗者でした。たかがはじめの一歩ですが、されど初心者にとっては一大事です。ここをどのように踏まえるか、それがその後大きく影響します。初心者の方は、プライドを抑え、正直にストレートに。是非、お勧めします。今は単なる通過地点、今の自分は成長過程、と思うしかありません。描けなくとも、かっこ悪くない!のです。いつか来た道、と振り返れる時が必ず来ます。