写すことは、描く上で必要なスキルです。しかし描くとは、写すことではありません。

デッサンでは、モチーフを描き写すことが多いのですが、なぜそんなに苦労して、そっくりに描かなければいけないのか?私は受験時代、納得がいきませんでした。無理やり受験のためと割り切っていましたが、今では分かります。描く力を付けるために、そういう練習をしていたわけです。

でも、デッサンはそっくりに写すことが目的ではありません。デッサンは、アートのためにあります。下書きであり、構想であり、ブラッシュアップのために、デッサンがあります。描くとは、自分のイメージを表現することだったのです。写真が発明されてから以降、より一層、その傾向があります。写すことは逆に写真に任せ、写真でしかできない表現とは何か?探る傾向があると思っています。

デッサンで、写すことは必要なことです。しかしデッサンで、写すことは、技術の一部です。アートでも、写すことは、表現の一部です。その一部を、全部であるかのように言い、ましてや、写すこと(目と手と頭で再構築する)を通して、苦労して技術を習得するのに対して、写すこと(トレースすること)で、もっと簡単に効率よく習得できると歌うことは、偽りです。

もう一つは、トレースやコピーは、絵を描く喜びに繋がるだろうか?という疑問です。子供の描く線を見る度に、そう思います。「技術的にすごい!」と驚いてくれるかも知れませんが、窮屈で、個性が無い。自分が、線を描いて楽しいという世界が、もっと身近にあるはずだと思うのです。