AIに対する考察

AIに対する脅威論は日々高まっていますが、それが、人間の持つ力を考えるきっかけになっています。人間の持つ力に改めて注目していくことが、AIによってもたらされたのです。
人本来の持っている、人目線を持つことも、物質感を感じること、存在を全知覚で捉えることなど、人間にしか出来ないことは多くあります。

ただ、AIは負の感情に流されることなく客観性を持ち、効率的に合理的に物事を運ぶでしょう。これまで、AIの機能は、部分的で直線的なものでした。しかし、これから行われていく、脳神経のようなネットワークによる巨大な経験知の蓄積は、人間個人の持つ能力をはるかにしのぐかも知れません。巨大な経験知の蓄積=集合知は、個を獲得する(意識をもつのか)のか?人間というものをどのように捉えるのか?興味は尽きません。意識を持ち、人間というものを客観視するのが、人間性そのものだとしたら、AIの世界は、倫理など人間的モデルが大きく欠如したもののように見受けられます。ここでも、哲学的な命題が浮かび上がることは避けられないでしょう。

人間性について、人間の持つ能力について、美術は歴史的に明快な答えを出しています。デッサンを会得することは、決して効率的とは言えないし、楽でもありません。しかし、苦労があったとしても、人間力を高めることを目的とせざるを得ない状況は、近い将来出現すると思います。人間の持つ優位性を保つというよりは、人間としての生を確かめるために、文化が改めて問われるはずです。

AIにはないもの

●身体性
●身体感覚=五感
●感受性
●身体性から培われる総合的視野=直観
●身体感覚を通して、存在を捉える力
●汎認知や抽象思考
●気まぐれ
●横断越境的思考
●マイナーチェンジや予定調和ではない、革新的成果

目や手を使い、紙や鉛筆を使う、美術では普通に行われていることが、AIにはない多くの能力を育むことを、再発見することになりました。人間力とは、言うまでもない「暗黙知」であったものかも知れませんが、言葉で再定義する状況にはAIの影響が反映されています。