存在というものを受け止める感受性
デッサンは、目の前のモチーフに向き合うことで始まります。
五感を通してモチーフを感じ、3次元のものを2次元に表現することは、ただ写すだけではない「創造的模倣」の領域を開きます。
表現や「創造的模倣」は、自分の手応えを必要とします。自分が感じ、自分が線を描いて、「らしさ」が表れてきたという実感が生まれます。モチーフに向き合うことは、自分に向き合うことと繋がっています。
手や目を使うこと=身体性を通して、素材やモチーフから得られた感覚は、実感の持てる世界を開いていきます。そして、その世界は広がり続けるでしょう。実感の持てる世界を、リアリティーという言葉に置きかえることが出来ます。
各クリエイティブ分野には、現実から裏打ちされたリアリティーが不可欠です。建築やデザイン分野においては、人目線、そこからの空間、空間を作る材質、その重量や強度などのリアリティーが重要視されます。アートは、身体性、ものや材質、それらと身体との関係、社会との関係を抽出した、抽象的なリアリティーが重要視されます。
デッサンにおいて、そのような様々なリアリティーを感じることが、目の前のモチーフを描くことで始まります。
自由に形作る
自由に作るとは、今まで経験した、自分の引き出しに入っているアイデアを、「こうしてみたら面白いのではないか?」と自由に取り出したり、組み合わせたりしていくことです。その取り出し方や組み合わせ方が、即興的であったりランダムであるのは、人の持つ特徴だと思います。
ランダム思考と即興性が開く、アイデアや想像力の世界
ランダム思考とは、色々なものを並列して眺め、それぞれの印象が自然発生的に結びつくものです。これは、美術館で様々なアートを鑑賞することや、色々なモチーフを描くデッサンとも似ています。
その時、その時で、思い付いたアイデアを活かしたり、自由に線を引いて形を作ることを、インプロビゼーション(即興性)と言います。それが出来るのも、様々に変化し、広大な記憶を蓄積する無意識の領域を含んでいるからです。無意識的な領域とは、まさに人間の精神性が持つ特別な、そして当たり前な世界でもあります。そのような、元々備えている世界が、手を使い目を使うことで引き出されます。
絵を描くという経験の蓄積は、自由な発想と結びつき、創造性を羽ばたかせていきます。そこには、未知の「とんでもないもの」を生む可能性を孕んでいます。自分の中で経験したことが、自然に結びついて生れてくる想像力の不可思議領域。そこには、無意識的な働きが織りなす、未知の世界が広がっていると言えるかもしれません。
自分で自由に構築する、高度なデッサン
デッサンは、技術や論理性が表に立ちますが、決して自由を失っているわけでは有りません。
想像デッサン、構成デッサンは自由そのもので、逆に作者に全て委ねられる高度なデッサンです。デッサンの基礎を一通り習い終えた後は、このようなアーティスティックな課題を行います。難関美大の入試では、よく用いられています。
