受講マニュアル5 観察するために必要なこと

観察とは

見ることは、デッサンにとって肝心要です。少し描けるようになってきた段階で、上手く観察出来ているかというと、「見ているようで見ていない。」というのが通常です。

付きましては、観察するために必要なことを説明します。
皆さんは、身近に、闘気を発しながらデッサンを描いている人を、目の当たりにしたことはありますか?同じ空間で、そのような人がいると、他の皆さんは自然に真似をしていきます。しかし、デッサンオンデマンドのように、一人でデッサンを始めた場合、観察する姿勢が分からない状況が続きます。

以下の文章は、デッサンが上達した人が、どのように見ているかを記述した、ドキュメントとしてお読みください。

環境を整える

モチーフ・セットと自分が描く場所、それぞれ見易くて、描き易い環境になるようにして下さい。
これは、皆さんの土俵、試合場所のようなものです。環境は、スポーツマンたちが掃除や手入れをするのと同じように、自分が全力を尽くす場として丁寧に整えるべきでしょう。

モチーフの位置には、適度な距離と高さがあります。近くても、遠くても、逆に見難いでしょう。低くても、高くても、同じです。

特に、光の状態には気を使うべきです。弱くても、強くても描き難いでしょう。光の法則を学ぶのですから、色々な方向から光が来るのも望ましくない。
手元明かりも、もちろん必要です。自分の描いたものが良く見えない状況で、良いものが描けるわけがない。
時として、モチーフに当てた光と、手元明かりが混在することもあります。モチーフ台に遮光を取り付けるなど、工夫してより良い光を求めて下さい。

音は、無い方が好ましい環境と言えます。花が開く音が、聞こえる画家もいるぐらいです。しかし、現代の環境では、特に家庭では難しい状況もあるかも知れません。静かな場所を探したり、周りにお願いしたり、それも出来ない時は、イヤーマフを登場させましょう。

スマートフォンで、課題を確認することは構いません。ただし、自分が描いている時に見るのは、意味がありません。課題に入る前に見るだけ、しっかり頭に入れて、これより先は、もう見ない。描いている間は、着信音が気にならないように、遠くに置くか、電源を切るようにしましょう。PCの場合も同じです。

見やすい、描き易い「バトルフィールド」を整えて下さい。

集中するための準備

次は、気持ちを整えます。いきなり描き始めるのは、良く有りません。落ち着かない時に、精神論は有効ではありません。

体を揺らして、解す。
鉛筆は、入念に削る。
運筆も行う。
最後に、深呼吸をする。
深く、長く吸い込み、出来るだけ長く吐く。
プラクティスを通して、気持ちが入っていきます。

一対一で対峙する

まずは、きちんと座って、目の前のモチーフに正対します。しばらく目を瞑っても良いでしょう。目を開いた時、モチーフは初めて見たものと思えるぐらい、新鮮に見えるとベストです。
モチーフは見るだけではなく、手に取って触る。匂いを嗅いでみる。手に取るのが難しい場合は、自分が周りをぐるっと回ってみる。モチーフを理解し感じるために、是非、行いましょう。

モチーフを尊重しましょう。大切に思えるだけ、良いデッサンになります。モチーフに愛着が持てるだけ、モチーフから多くを感じられます。モチーフを粗末にするような気持ちで、良いデッサンが出来るわけがない。バトルフィールドと例えましたが、モチーフは稽古をつけてくれる先生です。

最初が肝心

いよいよ、筆を入れます。描き初めが、一番大事です。デッサンの全ての要素を、大きく、全部掴むのは、最初だからです。形、構図、明暗など、最初に掴んだものが最後まで残ることになります。
難易度は高いですが、無理にでも挑んでいかないと、何時まで経っても出来るようにならないでしょう。クロッキーと同じです。そうなるぐらいの描き方が出来ると、そのデッサンは間違いなく良いものになります。

背筋を伸ばして、視点の位置を固定し、今一度、モチーフと正対します。剣道の相手に向き合う蹲踞のように、静かに気合を込めて、呼吸を整えること。それが集中して臨むことです。

姿勢をキープする。モチーフには、遠近が付いていますので、目の位置が変わると、形が変わります。特に遠近法の勉強をしている時は、気を付けましょう。

見方は、目の動かし方にも関係します。自分の描いているところばかり、見てはいけない!上手い人は、モチーフを見る時間の方が多いのです。
同じことが、座り方にも言えます。自分の描いている方に向いて、座ってはいけない!上手い人は、モチーフの方に向きます。
そして、必要なだけ、目だけで鋭く見る。頭をぶんぶん振ったりはしません。目安として、自分の手元20、モチーフ1ぐらいの比率が、最も見えていない人。上達した人は、自分の手元2、モチーフ3以上からとなります。
まさに、自己中心か、モチーフ中心かという、姿勢の問題です。

途中でも気を抜かず、俯瞰

上手い人は必ず、途中で席を立って、自分の描いているものを俯瞰します。
自分が描いているものが、上手く行っているかどうか確かめるためです。
それも、出来るだけ自分に甘くない方法、自分のバイアスを払う形で見ます。

一番簡単な方法として、モチーフと自分の描いたデッサンを見比べる方法があります。
モチーフの隣に、自分のデッサンを置く。
大勢で描いている場合は、これは迷惑ですので、自分が席を立って、後ろに下がって見ます。
下がれない時は、鏡越しに見たりする方法もあります。

上手い人は、自分が描いているものを、決して過信しない。段階ごとに、途中で席を立って見ます。デッサンオンデマンドでも、この時だけは参考作例と見比べることを推奨します。しかし、また自分が描き始めたら、参考作例は閉まってください。

予備校で、先輩が自分のデッサンを廊下に出して、よく見ていたのを思い出します。
10分は見ていました。長い時は30分以上。なぜ、そのように見続けているのか聞くと、「首から胸にかけての面が出ない。タッチの方向が間違えているのだろうか、形が違うのだろうか。」とのこと。講師は、どうすればいいか?分かっていても教えないで、見守っていました。

間違えたと気付いた時は、バッサリ直していました。終盤に差し掛かっていても直す人がいて、衝撃を受けましたが、やはり直した方が格段にデッサンを良くなっていました。
これより、間違いを放置できないと思うようになりました。間違いは、見つけるのは早いほどよく、直すのも早い方が良いのです。間違いと言っていますが、自分の描きたい理想に対しての「至らない点」ですから、キリがありません。時間が来て終了になるのですが、完成はまだまだ先という不満足をいつも感じていました。

これが追求という意味だったと思います。モチーフと自分のデッサンを厳しく見比べることがなかったら、今でも自分に甘い作品しか作れないだろうと思っています。
自分を突き放すことが、時としてどれだけ大切か、お分かりになるでしょうか。

ここぞとばかりに描き込む

細密描写という課題がありますが、実はモチーフデッサンはすべて細密描写です。終盤になると、モチーフを出来るだけ描き込むのは、当たり前のことです。
それでも、時間的制約は付いて回りますので、通常は、いつまでも描くことは出来ません。終了する時は、いつかは来ます。そのため、モチーフの特徴的な部分だけでも、しっかり描き込むという計算は必要です。序盤、中盤と、全体的に描き進めて来ているならば、大体どの辺がモチーフの特徴なのかは既に分かっています。

特徴的な部分を、時間一杯、描き込むのが終盤です。それでも、描き込むには、時間がそれなりに必要です。残り時間が迫ってくると焦りますし、細部を確実に描き込むには、手先に神経を集中していく必要があります。手が震えたことは、良く有りました。

デッサンでは、最初の入り、最後の描き込みが、肝心になる訳です。しかし、途中だから、気楽に出来るわけではありません。序盤、中盤と、出来るだけ効率よく描き進めることが出来るなら、終盤の描き込む時間を長くすることが出来ます。描いている時は、何時でも常に、集中力が求められます。

ついでに、実技試験を例に挙げましょう。最初に出題され、そこで良いアイデアが出せること、最後は、どこまで描きこめて完成度が挙げられるかという勝負になります。終盤の描き込みを限界まで行うだけであって、ここには、最後に仕上げを行うという悠長ささえありません。大袈裟ではなく、気合と自分の作る意味が、この場のモチベーションです。
ただ、試験だけの特別なものだとは思いません。デッサンで相手を掴むとは、そのような緊張感のある、自分の限界を試すことであることは変わりません。

まとめ

観察することを中心に説明して来ました。
デッサンを描いている(絵を描いている)間は、通して集中して見ることが問われます。
経過の中で、全体的な見方から少しづつ部分的に、集中する対象が変わっていくことにお気づきでしょうか。観察する目的にはTPOがあります。

また、見ることは、描く環境の問題から始まり、気持ちの問題、姿勢の問題、描き進め方の問題と深く関わっています。見ると言っても、それ以外とのつながりやバランスの問題であり、相互作用によって、見ることが出来たり出来なかったりするデリケートな行為です。

総じて、観察は、上手くなるためのプラクティスという趣ではありませんでした。「ものを捉える」ためには、見ることをに集中することが必須です。観察して描くこと自体が目的であり、上達はその結果でしかないわけです。

アートオンデマンド、デッサンオンデマンド、百工房アートスペースの、各講座共通のマニュアルです。受講される皆さまは、マニュアルにご留意いただき、有意義な経験のために、お役立ていただけましたら幸いです。